自由ってのものを感じるのは極めて難しいのだと思う。

刑務所の中にいても感じれるときはあるだろうし、
外に出ても感じれ無いときはある。


それが、たとえ民主主義国家でも、資本主義国家でも、法治国家でも。



これが自由なんだな、と人が感じるのはどんなときだろうか。



たとえば、日本では信教も思想も所有も職も自由に選択できる。



すべての国民は、それに与ってるわけだけど、
いま、自由を感じているのだろうか。



人とは傲慢なもので、与えられすぎると、
足りないものばかりに目を向ける。


学校の課題に不自由さを感じ、
仕事の辛さに不自由さを感じ、
天気が悪いのに不自由さを感じ、
スーパーの品揃えに不自由さを感じる。


けれど、
学校に通える自由や
働ける自由、
天気が悪くとも外出できる自由、
商品を買う自由
といったものは忘れてしまう。

もちろん、どこにも不自由はあるし、
誰もがそれにグチをこぼす。

けれど、
いまある膨大な自由を感じることって、
たまにはしたほうがいいと思う。


それは、刑務所の中にいながら
屋根の上でビールを飲むことような、
モーツァルトを聞くことような、
そして、本を読むことのような、
そんな一瞬の自由がこの映画では描かれる。

その一方で、
刑務所の外に出ても、
自由や希望がないという現実にも目を向けさせてくれる。


主人公はたぶん、自由が何かってのを知っていた。
だからこそ、無実の罪であっても、
刑務所の中で希望を失わずに生きていけた。


今ある自由に感謝しなさい、
なんていう啓発的文句に価値はないけれど、
この映画を見て、
たまに垣間見える自由ってものを感じたらいいと思う。
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by shinya_express | 2010-11-22 23:40