現代、「自分」という存在に疑問を持つ人が多い気がする。








自分って何だろう


とか


どれがホントの自分だろう


とか












この気持ちが分からない。





昔はそんなことも考えてたのかな。


高二くらいに漠然と。

けど、すぐそれを乗り越えた気がする。


だってたいしたことじゃないし。









自分なんてものは、存在しようが存在しまいがどーでもいいんだー







だって、ココにあるからね。











我あり、ゆえに思う。












あくまでも、「我思う」ではない。





自分なんて、箱でしかない。




その中でいろんな人が出てきて演じてるだけ。

自分の中に小人がいっぱいいるだけ。










だから、自分とは箱である。





それ以上でも、それ以下でもない。














だから憑依体質なのかも。













自分を限定しようとする行為自体ばかばかしい。


なんでわざわざそんな限界を作っちゃうんだろう。







バーナム効果起きちゃうよ。








アイデンティティーなる近代の産物なんていらない。










そんなものより、オレは古代人になる。



「私」なんて概念がない古代人。






そっちのほうが楽しいよ。
















昔みたいに年齢に応じて名前が変わるくらい、
人は日々変わってる。

それを恐れる近代人。

普遍的なるものばかり追い求める。











今も昔も、




ゆく河の流れは絶えずして、
しかも、もとの水にあらず。
淀みに浮かぶうたかたは、
かつ消え、かつ結びて、久しくとどまりたる例なし。







なのだよ。




















流れることを恐れてはいけない。



所詮、人間はvagabondなのだ。
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by shinya_express | 2008-05-22 09:52 | ideas
自分について。





最近、ブログをよく更新する。



やっぱり思う。




自分の書くものはクソだって。


ヒドイもんだ。
何やってんだか。


気づいてる?
最近オレは何も書いてないってことに。


ほぼ全て横流し。

商業的価値付加行為による横流し。





右から左へ。







いいと思った文章を引用してるだけ。

読んだ本を紹介してるだけ。



自分の言葉なんてどこにも無い。
自分の思想なんてものはない。
自分の存在なんていらない。




そんなブログ。





まぁいまさら自分って何?
なんて古典的哲学的問題に陥ることはない。



そんな疑問に疲れちゃった。



そんなのどーでもいいやー




自由って何
とか
言語って何
とか
表現って何
とか



もう無理。




高校1年生から、何かを考えることを始めた。

今年で7年くらいになるのかな。



まだまだわかんないことはある。

当たり前。



けど、自分で見出せることなんて少ない。

自分の言葉で生み出せることなんて
ホントこれっぽっちでしかない。




それなら
ルソーの言葉を借りたほうがいい

カントの表現を借りたほうがいい

外山滋比古さんの発想を借りたほうがいい

大橋陽山の作品をそのまま見せたほうがいい






自分には限界がいっぱいある。

その限界を破ろうと努力することもいいと思う。

けど自分にそんな力、やる気なんて無い。




だからいろんな人を借りてくる。

借りてくることに創造力なんていらない。



借りてくれば自分よりすごい人が
代わりに説明してくれる。
代わりに感動させてくれる。
代わりに責任を取ってくれる。




そんな弱腰な自分。









けど思う。

借りてくるのも才能なんだって。




知らない人に何かを伝える伝承者でいいと思う。

自分を媒介としてみんな賢くなったらいい。

オレはただ右から左に流すだけでいい。


そのときほんのちょっとだけ
「自分」を入れちゃうかもしれない。
それでいい。
それで十分。

オレは表現者ではない。


商人でしかない。



だから求める。

すごい人を。
すごいものを。
すごい意見を。


ってことは
それがすごいってわかんなきゃいけない。



すごい人を知るためにすごい人になる必要は無い。




ただそれがすごいってわかればいい。

そのための「眼」を養えばいい。



最近、いいものをいいって言えるようになってきた。


いいアニメ、いい映画、いい絵画、いい写真、いい文章、
いい問題、いい意見、いいブログ、いいデザイン。





いいものはいいんだ。


思い知れ!!








ってことで美術館的展示媒体に興味を持ったのかもしれない。

いいだろーって言いたい。



自分では何も生み出せないから。



虎の威を借る狐で何が悪い。



狐は虎がすごいって知ってるからすごい。
虎は負けないって知ってるからすごい。




狐になれればいい。


虎を見つけたい。
いろんな虎を見つけ出して
みんなに知らしめてやる。



すごいだろーって。





久々に自分の中を洗い出したら
ちょっと面白かった。



自分が分かった気がする。




去年の今頃ドイツにいた。
そのとき、「自分」に呼ばれて海を目指した。
海に自分はいた気がした。


やっぱり人は呼ばれてるんだよ。




やっとここに公開しよっかな。
そのとき書いた文章。



すっごく拙いけど色褪せないオレ。




あのとき分かった。


道を知ることでいつか道を創れる。



だから
いつか道を創るために
いつかの自分のために
いろんな道を歩いてみようって。




けど今は思う。

いろんな道を探すのがオレなんだって。

新たな道なんて創るのかな。
気が向いたら創るかもしれないけど、
すっごいグラグラの橋かもしれない。

そんなことはどーでもいい。



いろんな道があるんだよって
みんなに知らせてあげる標識になれればいい。
道を少しでも照らしてあげれればいい。



そんなことを思うようになった。



1年というのは人を変えるんだなって実感する。





でわ、どーぞ。
ブログ用にちょっと変えた。

ブログでは、ブログなりの表現をしたい。

これは原稿用紙ではない。


この縦の空間を活かしたい。
この余白を活かしたい。

そんなわけで、ちょっと改訂。



*******************


あるひとつの小さな旅の記録

僕はドイツにいる。
語学研修を終え、
集団での行動に別れを告げ、
一人歩き出す。


ただ海を目指して。





2月25日リューゲン島へ。



天気は最悪・・・


薄暗く今にも雨が降りだしそうだ。

さて何が起こるのか?



僕は何のためにリューゲン島へ向かうのか正直わからなかった。

目的は、ただ海を見たいというそれだけだった。
寮で帰りの飛行機を待てば、
お金もかからず日本へ帰れた。

にもかかわらず、僕はリューゲン島へやってきた。






あなたは運命を信じますか?






普通列車に乗り、
ヨーロッパ大陸からドイツ最大の島リューゲン島へ渡った。

目的地のビンツへ向かう途中、
雲の合間から太陽が見え始めた。

差し込む光が水面に映る風景を見て、


あぁ、これを見るために来たんだなって僕は思った。

光は水面を照らし、水面は寒さを忘れキラキラと輝く。




ビンツに到着。




だんだん日が照り始めた。

神の導きか?




しかし町には誰もいない。
本当に誰もいない。
さすがドイツの日曜日。



町が休む日。


この表現が僕は好きだ。
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教会の鐘が鳴り響いた。
鐘は僕を歓迎しているようだ。
とにかく港を目指してみることにした。



だって目的は海なのだから。




途中でメインストリートを発見。
カフェが2、3軒開いている。
住民もちらほら現れ始めた。
朝食もまだだったが、とにかく港を目指した。



港に着くと僕は驚いた。


何十人もの人が海岸を散歩しているのだ。
思いつくままに進み、
たまたま行き着いた場所に、人がたくさん。


不思議な気分になった。

長い長い桟橋を歩き、
海の風を感じた。


寒いはずなのに、
それは僕に心地よさを与えた。

太陽の光が海に反射していた。
そこには光の道ができているようだった。



眩しくて写真には写らない。
あの光景は僕のカメラに取り込むには美しすぎたのだ。



来てよかったと思った。
来るべくして来たのかもしれない。

僕はここに導かれた。




あなたは運命を信じますか?





桟橋は木造で、すこし恐かった。

壊れたら海の底にまっさかさま。
不安定だが僕らに美しい景色を見せてくれる道だった。



そして朝食を食べにカフェへ。

相変わらずドイツ語がわからず、
とにかく指を差して注文した。

するとパンが3つも出てきた・・・
さすがドイツ・・・すべて平らげたのもまた事実だが。
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お腹がいっぱいになり、再び海岸へ。

そこでは何百人もの人が散歩していた。
正直、少し趣には欠けていたが、みんな幸せそうだった。


老夫婦が仲良く手をつなぎ、
若いカップルは肩を寄せ合い、
子供は波とたわむれ、
みな思い思いに日曜の朝に海岸を歩き続けていた。



僕はこれがあるべき日曜なんだと思った。



じゃあ日本における日曜って何だろう?
平日にたまったタスクをこなす日にはなっていないだろうか?

それって休日なのか?
休むってこういうことなんじゃないのか?

遅く起きた日曜に家族で散歩をする。
波の音を聞き、
風を感じ、
太陽に感謝する。
そして幸せだなって思う。


最高の日曜日。




あなたにとって日曜ってなんですか?




しばらく歩いて、折り返した。
11時をすぎ、太陽が高さを増していた。

薄く曇った空で輝いていた。

涙が出た。なぜだろう。悲しくもないし楽しくもない。

ただ涙が出た。あの景色は忘れない。僕に涙をくれた景色。海っていい。





ふと思った。



海岸が歩きやすい。




なんでだろう。



少し考えてみる。
あっ、みんなが歩いてるからだ。

一人一人が地面を踏みしめてるからだ。
だから歩きやすいんだ。簡単なことなんだ。



さらに僕は気付いた。



みんなを追い抜いていることに。

なんでみんなは歩くのが遅いのだろう。





違う、僕が早すぎるのだ。
なぜ僕は急いでいるのか?
時間は十分にあるんだ。
慌てる必要はない。

近くの老夫婦に合わせて歩いてみた。
時間がゆっくりと進んでいるようだった。

そっか、慌てなくていいんだ。

時間は十分にあり、そして無い。無限にあれば無いのと同じ。


意識する必要はないのだ。
時間は人間が作り出したもの。
振り回される必要はない。


あれ?東京ではどうだっけ?




あなたはゆっくり歩いていますか?





さて、帰ることにする。
駅で時刻表を見ると、帰る電車は五分前に出てた…


やっぱり時間は大事だったかな?




次にくるのはリートゾウ行きだ。どこだろう?
一応帰る町へは近づくみたいだ。
まぁ乗ってみよう。

電車に揺られて20分、
何もない町に着いた。
さらに誰もいない。

五分後に帰れる電車が来る。
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しかし30分後にさらに北へ向かう電車が来る。
もうビンツは見たし、帰ろうと思い、長椅子に座った。


目の前には海?湖?
とにかく水面が広がっていた。
キレイだった。

太陽の光が水面に反射し、
雪に光を与えていた。

その中をおじいさんと孫が散歩をしていた。

真似したくなった。

僕は歩きだした。


帰る電車のことは頭になかった。

駅を出て、何もない町を抜け、反対側にも大きな湖が見えた。
歩きだしたら止まらなかった。
湖を眺めながら、道は森のなかへ。

戻りたくなかった僕は先へ先へ進む。
森のなかは静かだった。
どれだけ歩いても疲れなかった。
森を抜けると車道に出た。
おそらく来た道につながってると思い、
進んでみると予想は的中した。

駅に戻ることができそうだ。


電車の時間は43分発。現在32分。少し急がなくては。




足早に雪道を進む。



あれ?僕は今急いでいる。

なんでだろう?



時間が迫っているからだ。

時間に追われ、人は歩く速度を上げ、ついには走りだす。


時間ってなんだろう?
ビンツでは時間を忘れ、
ここでは時間に追われる。


無いと不便だが、
あるとめんどくさい。


時間ってなんだろう?



あなたは時間を忘れたことがありますか?





電車に間に合い、とにかく乗っていざザスニッツへ。

30分足らずで到着。


相変わらず日曜のドイツは誰もいない。
地図を手に、再び海岸を目指した。

15分ほど歩くと、荒々しい海が見えた。


防波堤が海のうえに道を作っている。
歩いて先まで行けるらしい。
その防波堤は石畳になっており、
さまざまな人たちが散歩している。



テトラポットにぶつかった波はしぶきを上げ、
歩いてる人たちに降り掛かる。

結構先まで歩けるらしく、果てには灯台が見える。


よし、歩いてみよう。僕は歩きだした。



そして、ふと思った。



あぁ歩きにくいな、
と。




石畳は慣れないとゴツゴツしてて歩きにくい。
せっかく歩けるように作ってるのに、歩きにくいなんて変だ。


ビンツでは、人が歩くことで道ができていた。
ザスニッツでは、歩くために道が作られていた。


道ってなんだろう?




歩きながら僕は考えた。

ある人は言った。

僕の先に道はない、と。



しかし、僕の先には道があった。
ビンツでも。ザスニッツでも。

何百人、何千人が歩き、海岸に道が生まれ、そこを僕が歩く。

防波堤を作ったときに
コンクリートと石によって誰かが道を作り、そこを僕が歩く。


過去の人が道を作り、
あとから来たものはそこを歩き未来へ向かう。

過去と未来ってなんだろう?



僕はどちらにいるのだろう。

今にいる、と人は言う。


じゃあ今って何?




過去の人は未来へと続く道を築く。
そのレールを僕は歩くだけ。
そこに意味はあるのだろうか。

閑話休題




さて防波堤の行き止まりへと近づいてきた。
大きな灯台がある。

なんだか僕が道を作ってきた気分だ。

灯台の裏がこの防波堤の果てだ。
見てみようと思い、灯台の脇を抜けようとした。



しかし、僕には無理だった。
その道に柵はなく、波が吹き荒れていたからだ。



僕には果てを見る勇気が無かった。

道の行き止まり。
道が作られる先端。
そこに立つ資格が僕にはまだ無かった。



そして、僕は来た道を戻った。






帰りの電車に乗ると天気は一転し雨が降りだした。

再び問う。
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あなたは運命を信じますか?





何もない町、何もない島で僕は何かを見つける。

そして何かを見いだす。
先人が作った何もない道で、
僕は何かを見つける。



あぁレールの上も悪くない。
そこに意味を見いだせば、それは僕の道だ。

まだ僕が道を作るのは早すぎる。
そんな勇気もないし、
技術もない。

しかし今ある道を辿ることはできる。

確かに僕は何もしていない。
ただ先人が作った道を簡単に歩くだけ。

だけど、そこで何かを感じ、何かを考えれば、
その道は僕の道になる。

いろんな道を歩き、
いろんな行き止まりを見る。

そして僕は再び引き返す。
だってその先へ進む時期じゃないから。



そうだよね?
その通り。




僕は恐い。


先端に立つことなんてできない。
誰かのために未来を作ってあげる資格なんて無い。

まだ早すぎる。

僕が作った道など小さい波でも崩れてしまう。
そしたら歩いてる人は飲み込まれ死んでいく。
それって残酷だよ。

じゃあ僕は何も作らない。
誰も殺さないように。

けど、いつかの僕のためにいろんな道を歩いてみる。

歩きやすい道。
歩きにくい道。
頑丈な道。
不安定な道。
いろいろある。


そしたらいつかの僕は歩きやすくて頑丈な道を作れるかもしれない。


いつかの僕のために今の僕は歩き続ける。


今ってそういうものだよね?




慌てることはない。



時間はあって、時間なんて無い。



走ってしまったら、どんな道かわからなくなってしまう。



景色を見過ごしてしまう。



ゆっくりゆっくり進めばいい。



僕らには無限に近い時間がある。



道の先が崖なら戻ればいい。
道の先が見えない霧のなかなら戻ればいい。

いろんな人が作ったいろんな道を歩けばいい。



あなたは個性と無謀をはき違え、崖へ向かう。



それは勇気じゃない。
あなたは他人の道に飽きるかもしれない、
安全が苦痛になるかもしれない。


けど、ゆっくり歩いてみたらまた景色は変わる。



先へ先へ急ぐ必要なんて無いんだ。



思い切って道を戻り続けてみるのもいい。


戻ると何があるのだろう。
結局そこが未来だったりもする。

正しい道なんて無い。
正しかった道もない。


僕は僕の歩いた道しか知らない。


正しい、正しくないは、歩いた道では決まらない。



歩いた人で決まるんだ。


その道を歩き、君がいいと思えば、いい道なんだ。

いやだと思えばいやなんだろう。
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けど、それは僕の道じゃない。



君の道だ。




いやなら戻ればいい。
引き返すのは恐くない。
進む恐さを知った君はまた歩み始める。


恐さは強さだ。

そして少しずつ道を作る準備を整える。



そう、いつかの君のために。




進むのに疲れたら止まればいい。
そしたら同じ道を歩む人が通り過ぎる。



こんにちは。



たった一言のコミュニケーションで僕は再び歩きだす。


彼も同じ道を歩んでいるという自信とともに。




Richtig?
Genau.




僕は海を求めて歩き続けた。
そしてそこで見つけた。
やっぱり僕は導かれていたんだ。

何があったと思う?

簡単なことだ。


そこには僕がいたんだ。


結局ドイツの果てで見つけたのは僕自身だった。
日本で道を進むことにばかり目を向けていた自分。


そしてドイツで道を戻ることを教えてくれた自分。



世界には自分が溢れている。




結局、世界は自分で、自分は世界なんだ。




自分探しだと人は言う。

しかし、自分は探すものじゃない。




探せば探すほど彼は逃げていく。



立ち止まってあたりを眺めてみる。
すると彼はひょっこり現れる。
まるでずっと前からそこにいたかのように。




あなたにとって彼って誰ですか?





僕と彼が重なったとき人は生まれ変わる。

今までとは違う僕になる。
そしてまた、僕は歩み始める。

新しい自分は新たな景色を見つける。
道は変わらずそこにあり続ける。

変わるのは自分自身。


すると景色が一変する。
そして思うだろう。

同じ道も悪くない、と。




あなたはどんな道を歩んでますか?




その道の景色を眺めていますか?



彼は待ち続ける。僕が迎えに来てくれることを。







最後に問う。








あなたは誰ですか?









*************************






こんな拙い文章。

下手くそだな。




けど、やっぱり色褪せてない。

もちろん自分にとって。







たまたま自分について語りだしたら
ちょうど1年前の文章に戻ってきた。




これも運命かな。




おーしまい。
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by shinya_express | 2008-02-20 02:04 | babble